_/_/_/_/_/ 芦生の森を自然を守るため、転記させていただきました _/_/_/_/_/
「森林ステーション芦生研究林」のホームページにある、地蔵峠からの入林禁止理由でも述べられているように、今芦生で問題になっているのは、鹿の食害、カシノナガキクイムシによるナラ枯れ、オーバーユース(人間の過剰入林)による踏み付けである。

★オーバーユースについてであるが、今のところ被害地は上谷周辺に限定されているようだ。しかし、ここは鹿による食害に加え、入林者の過度の踏みつけにより最早回復不可能なほどに荒廃してしまっている。そこだけ写真を切り取ってみれば、とても「原生林の芦生」とは思えない、どこかの植物園程度にしか見えない状態だ。これほどまでに至ったのも最近のことであり、以前にも書いたが、マスコミが紹介したことと、芦生だけのガイドブックが出版されたことが大きい。滋賀県の高島市側から入りやすいために、入林者がそこに集中した事もあり、京大は昨年6月に高島市側の地蔵峠及び三国峠からの入林を禁止するに至った。高島市側は、麓の生杉に観光施設を作っていたため観光客の減少を嫌がり、京大の措置に対し極めて冷淡で、聞くところによれば京大側が林道ゲートに入林禁止の標識を付けるよう依頼したところ、これを拒否したらしい。私も2度標識を付けたが瞬く間に外され、これは高島市側のそういう非協力的な人によるものではないかと思っている。また、京大の入林禁止後は、禁止理由を理解して地蔵峠等からの入林を止めた善良な方が多く、随分入林者が減ったとは聞くが、相変わらず無視して入林する人は後を絶たず、中には入林を繰り返えす確信犯的な人もおられるようだ。一方南丹市(旧美山町)側も地主であること、京大のために地上権を設定した際地元民の雇用が条件であったことから、美山自然文化村が主催するツアーに京大が拒否できず、バスで長治谷作業場まで運び、バスを杉尾峠下まで回してツアー客を待つとういう商業登山を続けている。
最近になりホームページ上で知ったのだが、前述の芦生だけのガイドブックを出版した出版社が、岩谷峠~岩谷、P818m~スケン谷への商業ツアーを企画し、10人程度の参加者があったようである。たまたまこの参加者が通ったであろうルートを、その数日後に通ったのであるが、たくさんの人に踏みつけられて表面の柔らかい土が剥げ、痛ましい姿に変わっているのであった。ルート外を多人数で、しかも営利目的のために通るという行為、そんなことが堂々と行われているという事実を知って私は愕然とした。鹿の食害、ナラ枯れ、これらは間接的には人間の行為がもたらした悲劇であり、芦生は人間の手によって危機的な状態に陥れられているのである。本来、そのような原因を作った人間が、森を守り次代へ繋いでいくためどうすべきかを協力して本気で考えていかなければならないにもかかわらず、個人も自治体すら自己の利益や満足だけのために、痛めつけられた森を傷口に塩を塗るように更に傷つけている現実に、「あなた達は何故そのような事を平気でできるのだ!」と叫ばずには居られない。
(8月5日には同じ出版社のツアーで17名もの多数の人が、三ボケとロロノ谷出合付近まで入っていることが分かった。瀕死の森に大挙して入林することが如何に暴挙であり、どれほどの負荷を森に与えるかを考えると恐ろしいことだ。これが営利目的であればなおさらの事、今後はこのような森を痛めつける行為は止めていただきたい。)
現在京大は、ルート外を歩くことそのものも禁止しているが、全くそれをしてはいけないとは思っていない。ルート外へ出なければ、芦生の危機を肌で感じることができないからであり、要は入るためのルールを守ることだろう。入るのは一人、最高でも2~3人程度にし、地表にできるだけ負荷の少ない履物と歩き方を実践して頂きたい。底の硬い靴は絶対に避け、地下足袋(マムシが多いのであまり奨められないが)か長靴にし、爪先からゆっくりと地面に足を下ろし、蹴るときは足の裏全体で地表を蹴るというような歩き方を。更に求めるならば(これが一番重要なのだが)、危機的な状態の芦生を何とかしなければという思いを抱いて欲しい。何故ならそれが出発点だから。
芦生の危機は単に森の危機に過ぎないのではなく、自然に対する畏怖の念を忘れた人の魂の危機でもあるのだと思う。
滋賀県高島市では、芦生の三国峠~三国岳を通るルートで「中央分水嶺・高島トレイル」として全国に発信し誘客を図るため登山道を整備しようとしている(既に作業に取り掛かっているようだ)。イベントも企画されており、静かで安らかだったこの一帯は激変するものと予想される。またこのルートの途中からは、研究林内へ比較的容易に入ることができるため、禁止されている地蔵峠から迂回して由良川源流方面へ入林する人が増える可能性がある。これが現実となったときには、芦生の魅力は激減するだろう。単に金を落とす観光客目当てのために、次代へ引き継がなければならない貴重な自然が、自治体という公的な手によって踏みにじられようとしている。投資をすればそれを回収しようと更に集客に走らなければならないという、自然破壊(観光資源の破壊)の悪循環に陥ってしまったようだ。これは過去に幾度も繰り返され、深い傷を受けてきたはずなのに、再びこの轍を踏もうとしている。変貌する姿には会いたくはない。二度と芦生に来ることができなくなる日は近いかも。
★中でも最も深刻なのが鹿の食害であり、被害は全域に及び絶滅または絶滅に瀕している植物は多数に上るものと思われる。今まで芦生全域を歩いてきたが、中根勇雄著「芦生研究林・植物の手引」に掲載された植物のうち、今日まで出会ったことのない植物は多数に上る。また、例え出会ってもそれが崖や急斜面の上で鹿さえも行くことができない場所のみという事もよくあった。さらに毎年のようにチシマザサは衰退しており、この前まで笹薮で通過が難儀であった場所が簡単に越えられるようになって、地上には枯れたチシマザサが散乱しているという現象は各地で見られる。昨年から被害が大きくなっているのはユズリハであり、場所によれば2割程度が採食で枯死しているのを見かけた。餌がなくなれば、今まで食べなかったものでも食べるという、鹿の適応力の強さと旺盛な食欲によって、命にかかわる毒草(人間と同一であると限らない)以外最後まで食い尽くされてしまいかねない。樹皮への被害も大きく、今まで見る機会がなかった(気が付かなかった)、ミズキの樹皮が大きく剥がされているのに今年は幾度か出会った。リョウブ、ナツツバキなどは以前より剥がされていたが、これがツルアジサイ、ノリウツギ、ミズキへと拡大している。リョウブやナツツバキは多少樹皮が剥がされてもそれだけで枯死することはまずないが、ノリウツギは致命的らしく、食害で枯死したノリウツギをよく見かけるようになった。そのため以前は普通にあったノリウツギがすっかり減ってしまい、この夏は花を見かけることが本当に少なくなってしまった。個体数の多いコアジサイやヤマアジサイ等のアジサイ類は、現在はあまり食害に遭っていないが、人間でも食用とすることが可能な仲間であるため、今後はこれらも被害に遭うだろうことが予測される。現に、自宅近くの音羽山では、ここ2~3年の間に鹿の採食によってこれらが恐ろしいほどに激減した。その他鹿が現在好んで採食している草本類には、イタドリ、オオバギボウシ、ウワバミソウ、アザミ類、クロバナヒキオコシ、ウバユリなどがある。また、今年は広範囲で笹が開花したため大量の笹が枯れ、笹に代わる植物を求めて更に被害が拡大するものと懸念される。現在の芦生で普通に見かける、林床に植物のほとんどない状態、低木だけでなくシダ類や草本も無く高木だけの森は、鹿の食害に因るところが大きく、あくまで本来の姿ではない異常な状態である。このような鹿の食害がどのような影響をもたらすかは、植生が破壊されるとどのような影響があるのかということと同義でなかなか難しい問題だ。しかしそれは単に植生が破壊されるだけに留まらず、低木や下草が絶える事により森林の保水力が急速に衰え、また高木の倒壊を防いでいた笹や低木の地下茎・根が消えて風に対する耐性が衰えたと推測される。現に芦生の森では急傾斜地や尾根筋で倒壊する高木が後を絶たず、光の入った森には鹿の食べない(現在は)クサギ、オオバアサガラ、テツカエデ、ミカエリソウ、トリカブトなどが群生している状態だ。これも条件がいいわずかな所だけであり、ほとんどは裸地のまま先程述べた「林床に植物のほとんどない状態」と化している。鹿の増加原因は天敵の喪失、つまりニホンオオカミの絶滅と、これに代わるべき捕殺が鹿の増加に伴わないことが一番大きい。次いで最近の暖冬続きで、冬を生き延びる鹿が増えたことである。後者については平成17年の冬に20頭以上、18年の冬に15頭以上の鹿の死体を見たが、今年は2頭、しかも小鹿の死体を見たに過ぎないことからでも明らかである。
★次にナラ枯れについてであるが、ほぼ北西から南東方向に向かい被害が広がっていったようであり、現在では被害木の見られないところは無い。研究林事務所周辺に高被害地があり、場所によれば90%以上が枯死している。このまま放置しておくと、最終的には全域で平均70%から80%ほどが枯死するものと推測され、大木ほど枯死率が高い。今まで、周囲3m以上にもなるミズナラの大木が、涙のように木屑を積もるほど大量に落とし、夏にもかかわらず褐色になった葉を付けて枯れている姿を幾度見たことだろう。その度に胸の締め付けられるような苦しさと、こうなるのを防ぎ得なかった無力感を感じてきた。
1本の木につき千単位のカシノナガキクイムシが穴を開けて繁殖するのが原因だが、この虫による被害が大きくなってきたのはこの10年ほどであり、芦生に於いては数年前からである。突然大発生してきた原因についてさまざまな説が述べられているが、外来種ではないにもかかわらず、しかも温暖地に生息していたものが、より北方に生息域を広げて来たことを考えると、昨今の気温上昇現象を無視できないだろう。気温の上昇に伴う動植物の移動は、圧倒的に動物の方が早い。大きな樹がそろって北方へ大移動したとしたらきっと驚くだろうが、小さな虫が移動しても気付くことはない。人間の目の届かないところで自然は変動しており、大きな変化が顕在化して初めて気付く。
ナラ枯れについては、現在は主に駆除と予防対策が研究試行されている状態であり、決定的なものは無い。しかしここ芦生に限ると、前述したとおり低木が僅かであり、調べてみても次代を担うべきミズナラの幼稚樹がほとんど見られない状態の中で、被害が収束した後の「ミズナラ林の回復」をも考えておかなければならないだろう。またナラ枯れではないが、ブナの立ち枯れも最近目立ってきた。芦生のミズナラやブナは、分布上最暖地に当たり極めてデリケートな存在であるため、わずかな気候変動でも大きな影響を受けることになる。